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オンザ・ブリッジ

空気がどことなく
ほわほわと霞んでいて

ブルーモーメントを過ぎた
凛とした時間。

透き通った朝。

生まれたての様な風に

どこかで見た景色
もしくはいつか寝転がった

だだっ広い草むらを
思い出しそうになります。

どことなく懐かしく
どことなく感傷的。

溢れる血液みたいに
止まらない歌と

瘡蓋を作るみたいに
生み出され続ける作品たち

誰かに会いたくなるようで

仕組まれてるのかと思うほど
柔らかくなった街並みと

木々や花々、
あらゆる自然の調和。

場面の 一つ一つが愛しく

全てに意味を
見出したくなります

そして 全てに意味があることを
知りました。

太陽の光も

温かい色彩を着飾っているような
今日この頃です。

満開の桜。

その淡い色が
水彩絵の具みたいに

風や景色、山並みに
溶かされてるのではと思うほど、
柔らかな光が各地に溢れています

春靄は花々の色彩が
空気に溶け出して

起こる現象かもしれません。

2018/4/1

その日の満月は、
溶けて滴り落ちそうでした。

白色の光を放ち
きらびやかな星座や

慌ただしい車の光さえにも
どこか ゆったりとした

穏やかな空気が流れていて

学生たちや、恋人たちが
春に心踊らせている光景が

社会すらを明るくしていきます。

浮かれ、踊っている男女の姿は、

人々の縛られた光を解き放ち、

無意識に沈んだ
あらゆる閉塞を壊していきます。

電車の中も、音楽が流れてるかのように、灰色の冬とは異世界のようです。

凍えた冬が
もう幾分、遠い昔の事のようにおもいます。

受信と発信のバランスが取れなくなった飽和状態の大人たちが、

路上で寝転び、騒いで
吐き出し、何かを掴もうとするも

目の前にあるのは、
ただどうしようもなく実態のない
春。ハル。はる。

全ての人に春は優しい。

冷めたものを温め
熱を上げたものを冷ますかのようで
優しさを拒む人にさえ

春の風は優しい。

宇宙の中で唯一
浮いた存在。

その奇形で不可思議な生命体にすら

春は、大寛容であります。

とても大袈裟で
かまってちゃんな
春がきました。

圧倒的に、美しい春ですね。

(前置きが、えらく長くなりました)

一日個展、the caves 単独公演
「観測地点」

2018/4/1に開催しました。

遊びに来て下さったみなさん、、
本当にありがとうございました。

一日限定にも関わらず
チビっこからおじいさんおばあさんまで、年齢問わず
多くの方が遊びに来て下さり
多くの方が繋がり

凄く嬉しかったです。

絵という字が物語るように

縁をあらわす(糸)に
出(会)える

それが(絵)の素晴らしさ。

展覧会の美しさだとおもう。

多くを、考えて考えて
たくさんを理解した上で(理解したつもりで)歩き出して

所有する事で 心を安心させて
荷物を 手放せず

それらを盾に生きようとしていた、過去の自分と

委ね、身を任せ、考えずに描き
受け入れ、走りながら
祈りと言える表現の中で

所有せず、身軽に動き

旅の中で、気づきを得ていく

その転換点にいるのだと思いました。

どちらも大切ですが

考えてから動くと
頭が重たくなって
上手く走れなくなってきた自分。

移ろう季節のように

吹き抜ける風のように

たまり水にならない、
川の流れのように、

ただだた自然に、表現したいと思うようになりました。

考えをもつ前の二歳児の感性や
大自然の迫力や奥行き、荘厳には、

とても、かなわないのです。

そしてこの考えすら
手放して、自然に身を委ねたい。

今回の展覧会と単独公演は
本当にみんなの協力と
温かい言葉に作られた一日になりました。

神戸新聞さん、姫路読売新聞さん、毎日新聞さんが取り上げてくれました。

おかげさまで

四時間で200人近い人が来てくれて
ライブは立ち見の人が出て、会場から人が
溢れるほど、、

おかげさまで盛況でした。

みなさん、ありがとう。

作品搬入は、僕の至らなさで
会場時間に間に合わず
入ってきたお客さんも手伝ってもらい
展示をして、インスタレーションを行い。

図らずも、参加型、展覧会となりました。

額縁にこだわりました。
とにかく再利用、リユースに
力を入れたくて、購入するものは全て

骨董品屋さんや、古い家具屋さん
高砂にあるセイエイカンにお世話になりました。

そしてなにより、
姫路quiet holidayで出会った

額職人であり、鉄や銅を使った作品作りで活動している、寂鉄さんに
力を貸して頂きました。

路上ライブをしていると
一人の女性画家さんが、

(もし良かったら、展覧会に使ってね)

と渡してくれた、
寂鉄さんの装飾作品が

その衝撃が

今回の展覧会に
大きな影響を及ぼしました。

普段、額の貸し出しをしない

寂鉄さんに、
想いを伝え

兵庫は、
上郡という山に囲まれた町にある
彼の作業場に出向きました。

結果、額を貸し出して
下さることになりました。

彼の作業場は、腰を抜かすほど
原動力のある作品が
散在していて。

頭が混乱しました。

話してみると、なかなかの変態さんで終始、ふざけてる印象で

二人ぼっちなのに

置いてけぼりを喰らいました。

作品に囲まれて過ごしていると

かなりの影響を受けました。

そこからは
駆け足で日々が過ぎ

本当に分単位で、
あらゆる事をこなす

忙殺エブリデイを過ごし

あらゆる人に
背中をさすってもらい

委ねるに委ね
導かれるに 導かれ

ここでは書けない
不可思議な体験も沢山しました。

ヒップホップダンスにコンテポラリーダンス掛け合わせたみたいに

アクティブでせわしない
日々を過ごしました。

夢中になった日々の中でも
たくさんの夢をみました。

夢日記を絵で綴っているかのような

曖昧な時間。

その時間がひとまず、

終わりました。

次は、どこに向かいましょうか。

向かうべき場所は
一つでしょう。

今回、個展のきっかけを下さった
天才詩人さんに、心より感謝します。

「ぼくが、ぼくらの日々を失っても

だんだんと下手になるキャッチボールだが

棚で眠っている小さな固まりを

なんとか取り出して

小さな穴に向かっては

夢見るように

投げてみようか」

(センス オブ ロス/一部抜粋)
作/大西隆志

2018-04-04 | Posted in blogNo Comments » 
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